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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)1856号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差戻す。

理由

弁護人寺尾元実の上告趣意第三点について。

原審において弁護人は、被告人の判示傷害致死の行為は正当防衛に該当すると主張したのに対し、原審は判示事実に照し被告人の右所為は未だ急迫不正の侵害に対し巳むを得ざるに出でたるものとは謂い得ないのであるから正当防衛に該当しないと判断し、右の主張を排斥しているのである。しかし原判決の確定したところによると、被告人は朝鮮人沢田こと田性述が開墾地内から薪木を窃取して帰るのを見て、同人に対し「そんなに薪木を持って行っては困るではないか」と申し向けたところ、同人は「なにっ」と言い乍ら杖にしていた長さ約四尺、直径約二寸五分の雑木をもって打ち掛ってきたので、之を奪い取った折柄、同人がなおも素手で自己に組付こうとする気勢を示した為同人の頭部を右生木をもって一回殴打して傷害を加え因て同人をしてその頃同所において死亡するに至らしめたというのであって、右のように生木をもって打ち掛ってきた本件被害者が生木を奪い取られてもなお素手で組付こうとする気勢を示したことは特段の事情のないかぎり急迫不正の侵害があったものといわなければならない。従ってこの場合被告人が自己の権利を防衛するため反撃に出ることも巳むを得ないところであり、反撃行為として奪い取った生木で相手方を殴打することも防衛行為として巳むを得ない場合もあり得るのである。記録によると本件被害者は強暴な朝鮮人であるという噂のある人物で、背は被告人より一寸高く、四角張った身体つきで、獰猛な人相をしており、被告人のような者が二人がかりでかかっても素手では到底かなわないと思われるような男であったことが判る。そして被告人は被害者と間近かに相対していたので相手に組付かれては大変だと思ったので奪い取った生木で相手を殴ったというのであるから、特段の事情のないかぎり被告人の防衛行為は正当防衛に該当するものといわなければならない。

然らば原判決は正当防衛の成立を否定し得ない事実を認定しながら何等特段の事情を示すことなく該事実に照し正当防衛に該当しないと判断しているのであるから、この点において理由齟齬の違法あるものというべく、従って論旨は理由あり原判決は破棄を免れない。よって他の論旨については説明を付しない。

よって刑訴施行法二条旧刑訴四四七条、四四八条ノ二により主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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